卒 業
我が家の近くには大きな札幌市の公共施設があり、毎年さまざまなイベントが行われています。この3月もそこに続く道路や近くの商業施設内で、振り袖に袴姿の若い方々に出会いました。おそらく大学か専門学校の卒業式が行われていたのでしょう。駐車場や道路脇には親御さんや或は友人達でしょうか。沢山の車が、式を終えて出て来られるのを待ちわびていました。花束を抱えて乗り込む姿は、それはそれは華やかで、晴れがましい雰囲気が感じられ、私までこころ浮き立つ思いにさせていただきました。
卒業というと、各学業を終える時に使われることが多いのですが、人間関係や人生そのものにも、卒業は在るなぁと考えを廻らませています。
自分の人生を振り返ってみると、当然のことながら家族は基より、他者との出会いや別れを繰り返してきました。その都度その都度それぞれの色合いを残しながら卒業し、次に進んできました。これからも間違いなく起きていくことです。
また カウンセリングを通し出会っていく人々の心の世界の動きに「卒業」という言葉が特に実感としてやってくることがあります。何か自分に与えられた、越えられないでいる人生の課題。自分の中にうごめく何か。こだわり続けている何か。受け容れられずに自分なりの答えを必死に探し続ける姿。不安に押しつぶされそうになっている姿。沢山話して、沢山泣いて そのようである自分…。その様であった自分…。その超越していく姿にご一緒させていただくと あぁ 『過去から』の、『他者から』の、何よりも『今迄の自分から』の卒業ですねぇ としみじみと感じます。
「凄い!! 越える力が間違いなくあなたの中に在りますね。」と伝えたくなっちゃいます。
「もう新たな次元に向かって歩き始めていますよ。」
(若) 2025年 3月25日 筆