ご 褒 美
10月13日に活動33周年・就任パーティが行われました。18歳から88歳までの方々58名が一同に集まって、それはそれは、華やかな楽しいパーティになりました。全員がカウンセリングと関わりがある(関わりがあった)人達で、皆様のご理解とご支援があってこそ、こんにちがあります。『心からの感謝』と『有り難い』の言葉しか見つかりません。10年振り20年振りの再会もあって、語り合い、語り合いの2時間でした。止まって居た時間が一気に動き出した感覚で、出席者お独りお独りが、皆様主役の時間でした。
こうして1週間・2週間が過ぎ、少しずつ当時の高揚感も落ち着き日常に戻ってくると、つくづくと『生きるということは過去を生み出していくプロセスである。』が実感されます。確かに在った事実の一部分が懐かしく思い出されます。誰しもが間違いなく苦しいこと、悲しいこと、辛いこと等、話したいことがいっぱいあって、共に分かち合いながら今ここでの再会を喜び、楽しんだ時間でした。
私の人生にこのような時間が与えられていたのは、続けて来たことへのご褒美ではないかと思っています。自分の生き方を愚直に歩んでこられたのも、長いこと指針としている大切な言葉と、それを体現しつつ歩み続けられた今は亡き恩師の方々のお蔭様です。
潜行蜜用 如愚如魯 只能相続 名主中之主 (中国の曹洞宗・禅の開祖 洞山良价の言葉)
修行とは(カウンセリングの学びもそうであるが)目立たない密かに行われるような営みであって、端から見れば愚か者の様な、評価されない、誰からもあまり目立たない、そういう仕事なのだ。それをひたすら相続する。継続するということがとても大切なことで、そのような愚者こそまさに主中の主と呼ばれる人なのだ。
(若) 2025.10.28 筆