それぞれの在る世界
朝の地下鉄の中で驚いた出来事がありました。
9時台の地下鉄だったので満員ではないものの7~8割程の混雑具合でした。 私の斜め前に立っていた20代位の女性がおもむろに腕を広げて日焼け止めクリームを塗り始めたのです。マナー云々それぞれの考えや意見はあると思うのでそこを言葉にはしませんが、周りに人がいて動いている乗り物の中で器用に両手にクリームを伸ばしていくその姿に驚きでした。
そんな彼女の様子を見ながら浮かんできていたことですが、、、彼女は地下鉄を降りた後の日焼けの心配で頭がいっぱいで、地下鉄に乗っているという身体がある今にはいない(意識が向いていない)のだろうな。 そんな彼女を見ている私も また 彼女に意識が向いているので、地下鉄の揺れにともなって足元がぐらつくことに全く注意が向いていないし、 彼女も私も周囲にいる他の人達のことは全く目には入っていないということも起きています。
彼女も私も身体は地下鉄に乗っているのに、乗っている身体や身体がある周囲の状況には全く目を向けずに、考えたり感じたりしていることでいっぱいになっているというか・・
こんな風に 身体が在る場所(世界)と意識が在る・向いている場所(世界)が違っていることってしょっちゅう起きているよなあと、考えを巡らせながら地下鉄を降りた朝でした。 (S)