今年の8月に想う
今年の夏は戦後80年というフレーズをよく耳にし、特集が組まれて目にする機会が多くありました。
当時のことが語られ、史実に基づいたドラマやドキュメンタリーに触れる度に、複雑な気持ちになっていました。
今年の8月6日の平和記念式典で見た、小学生二人が語った平和への誓い。
一人の子は、小学4年生の時から、英語で平和ガイドをしているとのことでした。
又、別の番組では、沖縄戦で戦死された方々の遺骨回収ボランティア活動をしている方が、この度初めてアイヌ民族の方の遺骨をDNA鑑定して、親族の元へお返ししていく可能性を探っているとのことでした。
自分よりもずっと若い世代の方々が、過去から学び、学んだことから今の自分には何ができるのかを考え、行動しておられる姿に感動する一方で、自分の現状を鑑みて、大人として恥ずかしい気持ちも出てきます。
若い世代の頑張る姿に、感動するのは、自分がそれなりに年齢を重ねてきた証でしょうか?
情報を得る手段が限られていたあの当時、個人の心情は複雑に動きつつも、選択肢は限られていて、目の前にはいなくても、自分の中には確かにいる誰かのためや、何かのために想いを馳せ、それが正しいことだと信じて行動しておられたのだろうと想像しています。
逆に現代は、情報も、それを得る手段も、溢れかえっており、その情報の中で自分が何を信じて行動していくのかを決めきれない事があります。
極端に違う時代の流れにふれたことがきっかけで、今の自分は、どのように生きていくのかを、より突き付けられる感じがした今年の8月でした。
2025.8.15(N)