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2013/03/14

カウンセリングの学習会に参加して

 

2013年1月

 

 

「カウンセリング」

今、私が使っている携帯の辞書で調べると

『生活や身の上のことなどについて、悩みのある人の相談にのり、その解決のために指導や助言などをすること』

と出ています。

そして「カウンセラー」

『職場や学校などで、悩みのある人の相談にのり、適切な指導や助言をする相談員』

となっています。

 

この勉強をする前の自分だったら、この説明に何の疑問も違和感もなかったでしょう。

しかし、まだたった1年程の期間とはいえ、「カウンセリング」という世界に触れてきた今では、この説明は「全く違う解釈のもの」としか受け止められません。

しかし、これが大体の世間一般の「カウンセリング」「カウンセラー」に対するイメージなのだろうと思います。実際、私もそれに近いイメージを持っていたと思います。

「指導」とまではいかなくても、何らかの問題を心に抱え、苦しんでいる人を救ってくれる…そういうものだと。

 

ですから、そのために「カウンセラー」は何か「してあげなければならない」と思っていました。

 

私は以前から、心になんらかの傷や問題を抱えた人は本当の意味で救われる事があるのだろうかとずっと疑問に思っていました。

例えば、親から虐待を受けてきた人。特に子供。それを考えるとどうにもやり切れない思いに駆られて苦しくなっていました。人が人の心を救うなんて出来ないし、本当に救われるなんてことはないのではないかと思っていました。

それは、その人の苦しみや悲しみを本当に理解することは、同じ経験をしたことがない限り不可能だと思っていたからです。

 

ですから親から虐待を受けた経験がない私が、そういう経験をしてきている人に対して何もできることは無いと思っていました。

「救ってあげられない」

「救われない」

 

しかし、ここ「札幌カウンセリング学習センター」で勉強をし始めて、私のこの「やり切れない思い」は変わっていく事になりました。

 

「救ってあげる」とか「救われる」とか、そもそもその視点が違っていたのだと思うようになりました。

人は「救ってあげる」のでも「救ってもらう」のでも無い。

「本当の意味で救われる」ってどういう事なのか…。

 

まず、「救ってあげる」なんていう考えがとてもおこがましく、自分勝手で自己満足なものであると思うようになりました。苦しんでいる人は「救ってあげなければならない」、と考えるから「そんな事は不可能」と思うのだと。

そしてどこかで、傷つき苦しんでいる人の「心」を弱いものと決めつけていました。

だから誰かが力になり助けてあげなければ…でもそんな事は不可能…だから「救われる」なんて事はないのだと。

 

今までは「同じ経験」がないと「本当に理解する」事は不可能だから無理と思っていました。ですが、今は「本当に理解する」という意味をその人がしてきた「経験」そのものではなく、その人がそれを「悲しい」とか「苦しい」とか感じている、「今の心」を分かろう、感じようとすることなのではないかと思うようになりました。

 

その人が過去に経験してきた事と同じことを経験することは不可能ですが、「今」この瞬間を感じよう、分かろうとする事は不可能ではありません。

ここの講座で勉強するようになって、先生や同じ時間を共有する人達の話を聞いたり、自分の話を聞いて頂いたりしてきて、私自身、以前とは違う考えをするようになっています。

 

自分に、自分の時間に関わってもらうことによって、自分が変わっていく。

自分で自分に向かい合い、気付き、前進しようとする。

 

「人は関わりの中で、自らの力で変化し成長でき、様々な問題に対応し対処していける能力がある。」

 

私自身がこれを体験し実感していく事。そのための「関係の築き」。

これこそが「カウンセリングの目的・目標」ではないかと思っています。

 

《H》