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2024/03/08

ちょっと一息 101

8月以降とある機関の外部カウンセラーとして週に1度(その機関へと出向き)職員の方々とお会いする時間を頂いています。数か月しか経ってはいませんが80名を超える方とお会いしてきました。

職員の方にすると、就業時間内で設定されたカウンセリング枠として私との時間を過ごすことになります。お一人お一人の設定時間が30分もとれず中には業務の都合上 顔だけ出されて終わりになってしまう方もいらっしゃいます。 また健康診断的な要素もあるようで、カウンセリングを希望する人というよりも全職員に受けてもらうという流れになっている為、その方の心に触れさせて頂く時間とはならず、近況報告を受けるだけで終わってしまう時間も多々あります。 

その都度私の中の振り返りとして、報告だけで終わってしまう時間には物足りなさだったり もっと関わり様がなかっただろうかと顧みることが多いです。。。

お会いしていく方々の心やその方の世界に触れさせてもらえたり、その方の世界の中で共に時間を過ごせたと感じることが出来ると私自身 感動や喜びが湧いたり、カウンセリング枠としての意味を見出しやすいのですが、そうはならない(報告だけで終わってしまったり、顔を出されるだけで終わってしまう)時間は、カウンセリング枠の意味、もっと言うなら私の役割の意味を見出しずらくなってしまいます、、、

ただ最近の振り返りの中で、この数か月間で「80名」もの方とお会いしたんだなあと、数字を目にした時どの方との どんな時間も “私をつくりあげていく大切な時間だな”という思いが湧きあがってきました。 こちらの機関の方のみに限らずですが、カウンセリングという世界に身をおかなければ、決して出会うことの出来ない方々と沢山出会うことが出来て、短くとも一時を一緒に過ごし私の中では確かに何かを感じている時間なのです。

お会いしている時間の内容に意味を見出すのではなく

どんな内容の時間だったとしても、その時間の中で互いに往来する「何か」が大切だったことを忘れがちだったなあと、今は思っています。 

思い出せたので ここからまた進んでいこう! と 少し張り切っている私です。  (S)